「文化」について
宇宙人に向かって私たちの地球がどういったところか説明する際、何と言えば良いのだろうか。
言葉が通じるかどうかは問題ではない。地底人でも異世界人でも構わない。
とにかく、全く概念の違う存在とコミュニケートすることは可能なのだろうか。
言葉を費やすことでなく実際に見て体得すれば理解できるかもしれない。
しかしあくまでも言語―もとい対人交流においてそれを理解させることはいささか以上に困難である。
自文の世界の文化を絶対的に思っているなら尚更で、地球人はそれにあてはまる。
ここで大事なのが相手は相手の世界の文化や慣習を持っているということである。
そして相手の世界と自分の世界の間にそれまで全くの接触が無かったのなら、
それらの示すものが何であるか、自分の常識は全く役にたたないどころか、むしろ邪魔をする。
地球の中においても様々な文化の違いをもっているが、それらは所詮ディテールが異なるだけであって、
根本的なことは何も変わらない。というか我々には表情というものがあって、これは大抵万国共通である。
他国に赴いて笑みを浮かべている人がいたら、怒ったりはしていないだろうと普通は判断できる。
しかし例にあげた宇宙人は違う。条件が多く若干不条理な例えかもしれないが、
とにかく相手の概念が予測不能である。手を差し伸べれば我々にとっては握手がしたいのだと思うが、
宇宙人にとっては脅しをかけているのかもしれない。
こういった話はわりと有名で、米国の救命隊にはこういった類のことが記されていたりもする。
しかし、主張する事はそんな宇宙人対策ではないし、そもそも人類の他に知的生命体が
存在するなどとは全く考えない。自分の文化は基本的に自分達にしか得ることはできない。
「知る」事はできても自分の中に組み込むことはできない。「文化」とは得ようとして得られるものではなく、
無意識の中で自分を形作る自分の一部なのだ。他のものを後から取り入れようとしても本当の
意味でそれは不可能であり、それは逆に自分の文化を削るにすぎない。
ここでの「文化」は個人の概念としての文化だが、地域や国レベルでの「文化」も個人の「文化」の集合にすぎないのである。自分の文化を大事にすることはすなわち、
自分自身の存在を揺らぎ無くすることと同義なのである。
はい、ここまで。
さて、滑り止めの高校に合格しました。(偏差値67)
第一、第二希望のとこの試験はまだなのですが、なんとか受かりたいものです。
私はいわゆる「人に好かれないタイプ」でして、当然のことながら内申点も地を這うようなものでございます。
それが大きく邪魔をしまして第一希望の都立を困難なものにしているのです。ああ恨めしいですねぇ。
ところでゼロの使い魔の双月〜のアニメ、最終回がひどかったですよ。
恥ずかしながら海外の動画サイトで見たのですが。原作を改変しすぎというか楽しみにしていたルイズの鬱展開がないのは遺憾を覚えます。
というわけで今日は合格発表があったのでろくに勉強もしていないのですが、まぁいいでしょう。過去問を全て印刷しましたし。
ではまたいつか、お会いしましょう。
- 2008/01/24(木) 04:07:35|
- 遠い昔の記憶
-
| トラックバック:1
-
| コメント:0
å????Ĺ?\"ή\"
å???
?????????å?????Ĺ????
- 2008/01/24(木) 16:56:05 |
- ???°??ήС